すでにエアコン ( こちらでは a/c と呼ぶが ) の出番がほとんどなくなり、先夜など窓を開けるとひやっとする外気が部屋に入り込んできた。すでに室温より外気の方が涼しくなっているのだ。
新学年がまもなく始まる米国では、テレビのコマーシャルでも 「 back to school 」セールの CM が流れるなど、気候の変化のみならず、否応なく夏の終わりだと言うことを思い知らされる。

先のブログでも書いたが今年はこれといって夏らしいイベントを楽しんだわけではないのだが、折りにつけて撮った写真がいくつかあるので、少しずつ紹介しておくことにしよう。


初回に紹介するのは、Florida に行ったときに撮ったものである。

今働いている会社では、ありがたいことに一日の勤務時間を長くするかわりに勤務日を減らせるというシステムがあり、僕の週末は普通の人より長い。具体的に言うと3日働いて、4日休みというパターンである。しかも月に何度かは自宅からの勤務も許されているため、出勤するのは週に二日だけというときもある。
4日も休日があるので有給休暇はほとんど手つかずということもあって、上司からは 「 もっと休みを取るように 」 と注意を受ける次第なのだ。
そこで今回は一日休みを取って4日の休日と合わせ、急遽 Florida に行くことにした。
通常夏休み中の航空券はピークシーズンに値するのだが、この時期にさらに蒸し暑い Florida 旅行というのはピークシーズンにあてあまらず、直前思い立ったにも関わらず格安でチケットを購入することができた。

実は Florida に行ったのは今回が始めてで、わざわざここを選んだのはこれといって深い理由はない。
NY の友人が最近、Florida の Ft. Lauderdale にコンドを購入したということで、ここに泊まらせてもらえるから、というだけの理由である。
どうせ休暇中なのだから、コンド備え付けのプールかビーチに行くぐらいで、それなら多少暑くても構わないだろう。実際僕が滞在していた期間は NY と比べてそれほど蒸し暑いという印象は受けなかった。

何も予定を立てずに行ったのだけれど、同行の友人が Ft. Lauderdale に知人がいると言うことでほぼ毎日何かしらのイベントに呼ばれることに。
面識の無い人の家に行くというのは日本人からするとつい遠慮が働いて気が進まないものだが、こちらでは友達を連れて行っても構わないというスタイルが多く、ましてプールなど屋外で行われるパーティが多いフロリダではより開放的になるせいか、直接招待されていないゲストであってもウェルカム、と暖かく迎えてくれた。
中でも印象に残っているのはとあるプールパーティで、トロピカルな植木できちんと手入れがされている庭なのだが、家の中にもプールサイドにも、ヨットが横付けできるキャナルのデッキですら、監視カメラが設置されていた。
どんな人がオーナーなのだろうと友人に聞いてみると、なんと FBI に勤務している人の家だったのだ。


コンクリートジャングルのような都市、New York から訪れた僕からすると Miami や Ft. Lauderdale のあちこちで普通に観られる椰子の木がとても新鮮に見える。そもそも一部のエリアをのぞけば高層ビルは少なく青い空が広い上に、背の高い椰子の木がよく映える。
そういえばこの景色は LA でもよく見かけたっけ。
フロリダに住んでいる人からすれば当たり前の景色なのだが、僕が New York の高層ビルやその夜景を見ても何も感じないのとおなじなのだろう。

とはいえ一眼レフカメラを持って行ったにも関わらず写真らしい写真は撮らず、ひたすらバケーションを楽しんでいた。
唯一撮った写真は無いかと探してみると、一月前にアップグレードしたばかりの iPhone4で何枚か写真を撮っていたのみである。

取り立てて変哲も無い、Ft. Lauderdale のビーチ沿いの道なのだが、夏が終わろうとしてる NY でこの写真を見るとすでに懐かしく感じられる。不動産の不良債権により大量の売り家が出ているこのエリアに今のうちに小さな住処を持つのは決して悪くあるまい。
New York の人がここに不動産を持っているのもなぜだかわかるような気がした。


久々の小旅行、やはり旅に出るのはいいもんだな。



※ Fort Lauderdale, Florida。iPhone4 / Hipstamatic にて撮影


8月下旬になり、ここ New York も最近は大分過ごしやすくなった。日中の最高気温が30℃を超える日もあるが、ここしばらくは湿度も低く、朝夕などは少々肌寒さを感じるほどだ。

空が狭い Manhattan ではなかなか気がつきにくいが、流れる雲も心なしか秋らしいシェイプになっている。
気がつきにくいのは空が狭いだけではなく、いそがしさにかまけて空を見上げる余裕も雲の流れを見続けるゆとりがないからかもしれない。

梅雨らしい梅雨が無い東海岸では夏と呼べる季節も長く、湿度が高い7月ともなるとつい息切れがして 「 早く秋がこないかな 」 などと感じることもあるが、何かの折につけて秋の気配を感じるとどこか夏に未練を感じている自分が妙に可笑しい。

決まった時間になると仕事をしなくてはならない社会人ともなると、暑いとか寒いといった体感意外は季節と接する機会がすくなくなるものだが、今年はロードバイクを買ったこともあってバイクに乗ってあちこちに出かけることができた。久々に少年時代の夏の過ごし方を再現したような、そんな夏だった。
今年はあと何日めいっぱい汗がかけるだろうか、過ぎゆく夏を堪能しなくては。

鍵の中の少女

| コメント(0) | トラックバック(0)



Soho の道ばたの金網にロックが一つぶら下がっていた。
そこには何を想っているのか、表情からは読み取れない少女の顔があった。

鍵はロックされておらず、果たして鍵をかける相手を待っているのか。
それともデスティネーションを求めて次の旅にでるところなのだろうか。

考えてみればこれまで勝手気まま、自由気ままにやってきて、今では New York で気軽な人生を楽しんでいるのに、すっかり生活のパターンができあがってしまった。
本当はどこにでも行けるはずなのに、進化したテクノロジーとがんじがらめのセキュリティーで好きな場所に住むというのもままならない時代になってしまった。加えて景気の悪さが影響してか日本でもアメリカでも外国人排斥の空気が漂っている。

どこか宙ぶらりんな僕の人生は彼女と比べてどちらが自由なのだろうか。


大学生だった時分、数ヶ月の非公式休学をしてアメリカのが初めての海外旅行だったが、最初の渡航地である New York でリムジンカー ( limo ) を見たときに、アメリカと言う国の規模に驚いたものだ。
当時はリンカーンやメルセデスの limo が一般的だったが、その後 Hammer を使ったタンクのような limo にも驚いたし、さらにはフェラーリを改造した limo ( これは以前ここでも紹介した ) などにも驚かされた。


先日、SOHO にある児童書で有名な出版元の裏口あたりを歩いていると、今回はこんな limo が表に停まっていた。
まさに利用者を子供、それも女の子をターゲットにした limo である。


そんなに需要があるものなのか? と思いきや、今日も SOHO 近くを愛車で運転していると僕の後にくだんの limo が着いてきた。
僕の懸念は杞憂だったようだ。

それにしてもまだ男の子バージョンの limo というのにはまだ遭遇したことがない。あるとすれば水色とか迷彩色だろうか。
それとも子供向けのこの種のクルマは女の子向けのものしか存在しないのか。男子としてそれはちょっとずるいと思う(笑)。

それにしてもあるところにはあるものである。

Crazyはイイ

| コメント(2) | トラックバック(0)


昔からどこか危なげなものに人は惹きつけられてきた。

New York という街が魅力的なのはやはり一風変わった人たちが多いからであろう。
もちろん New York に住むほとんどの人が変人というわけではないのだが、エンターテイメントやアートの分野で活躍する人が多いこの街では、やはりユニークな人々の存在が大きく目立つ。


「成功するためには他人と変わっていないといけない」

そう思い込んで、無理に自分を繕っているいるような輩も中にはいるのだが、そう簡単にユニークな存在に成れるものではないだろう。そもそもうわべだけ取り繕っても中身はそう簡単に変わるものではないからである。

さらにいえば常識を持ち合わせた普通の人でも成功している人は多いので、変人は必須条件ではないのだが、自分の目指す道が見えている人は自分のスタイルというのも確立しているので、僕ら凡人の目には強い個性の持ち主と映るのだろう。


くたびれた商用ビルの戸口にテナント募集の案内があった。
オーナーはどうやら Crazy な人らしいがこんな風に自称しているところを見ると実際は案外まともな人かもしれない。
果たしてこのオーナーは Crazy なテナントを求めているのだろうか。


この街は常にワンダーランドなのである。


気がつけば、7月ももう中旬となり、いささか夏という季節に食傷気味なこのごろである。
というのも基本的に梅雨がない東海岸では夏が必然と長くなるからである。
7月ともなると 「 もうこの暑さはいいよ 」 という声が聞こえてくる。そのくせ冬になると夏のこの青空が恋しく感じられるものなのだが。

ブログのほうはすっかりおろそかになってしまったが、それはつまりうちでじっとしていないからである。
エアコンの効いた部屋で一日映画やテレビを見て過ごすのも悪くはないが、休みともなれば何かのイベントに顔をだすか、ロードバイクに乗ってどこかに行っているかのどちらなのである。
もちろん撮影の依頼があればひょこひょこと出かけるが、この季節重い機材を持って外出するのはあんまり楽しいものではない。


頭から湯気でも出るんじゃないかと思うようなヒートの中、ヘルメットをかぶってバイクに乗るのは暑くて大変だろうと思う向きもあるかもしれないが、一度ペダルをこぎ始めると体全体で風を受け、意外にも気持ちのよいのだ。
却って一休みしようと立ち止まったときの方が、頭や体中から玉のような汗が吹き出して、余計に暑く感じられるのだ。


バイクに乗りはじめて気がついたことだが、郊外のバイク専用レーンを走るのはもちろん、NY市5区 ( 正確にいうとまだ Staten Island へはバイクで乗り入れたことがないので4区だが ) をバイクで走り抜けるのは今まで見たことのない景色に遭遇するなどして、予想以上に楽しい。
ちょうどストリートスナップを撮ろうと街中を散歩しているようなもので、常になにか新発見がある。

地下鉄や車を使えば遠いところまでリーチできるし、徒歩であれば車などが入りにくいエリアにも行ける。バイクはちょうどその間を埋めてくれる。
車で走っていてふと写真を撮りたいなと思える風景に出会ってもそう簡単に車を止めることはできなかったり、またはやっと車を止めてもシャッターチャンスを逃してしまうことがある。
また地下鉄でのアクセスは Manhattan は別にして、郊外ではそれほど自由度が高くなく、徒歩でアクセスできる範囲というのも限られている。

バイクはなかなか徒歩や地下鉄で行きづらいエリアへのアクセスを可能にしてくれ、長年住んでいながらまだ一度も行ったことのないエリアを訪れる機会を与えてくれる。
唯一の欠点は持ち運べる機材が限定されることだろうか。特にロードバイクだとほとんど荷物が運べず、一眼レフカメラに一本のレンズを持ち運ぶのもやっとである。


この日も、Brooklyn を走っていて新しく整備された公園に出くわした。公園というよりは川沿いの広場といった風情で Brooklyn から Manhattan の高層ビル群を望むことができるちょっとした空間となっている。
すでにこの公園ではバンドなどのライブが開かれるなど、面白い使われ方をしている。
夕日がさしかかっているとはいえ、まだ昼間の熱気をそのままひきずったような空気があたりをつつみこみ、決して快適とはいえない中、それでも川向こうに見える Manhattan がとても静かに見える。

公園でくつろいでいる人たちもうっすらと汗をにじませているが、それは決して不快そうにみえず、むしろけだるさを楽しんでいるようにも見えた。
夏が去りゆく前に、僕もこのひとときをめいっぱい楽しんでおこう。


画竜点睛とはよくいったもので、やはり雄大な歴史を持っている中国ならではの故事だと感心する。

ドイツをイメージするような、鮮やかにペイントされた壁と、New York の名物 Yellow Cab、それに中華系スーパーの買い物袋を下げた女性。
字面だけみれば、一見なんの脈絡も無いように感じられるこの三者がここ New York では何の違和感もなく街を構成している。

人は自然と街に溶け込んでいくものだろう。

閑話休題。
赤いプラスチックバッグは通常中華系スーパーでよく使われるため、この袋を手にしている人を見かけたらまずはアジア系市民、特に中国系の人たちだと思って間違いない。
では黒人とかラティーノどうかというと、なぜか彼らの多くは黒いプラスチックバッグを手にしている。
もちろん例外は多く見かけられるのだけれど、人種のるつぼと言われる New York であってもこんな風にバックグラウンドがステレオタイプ的に見られるのは興味深いことではある。

もっと遠くへ

| コメント(7) | トラックバック(0)



ガジェット好きな僕にしてはここ一年ほど大きな買い物をしていなかったのだが ( なるべく貯金を増やそうとしているのだが、そうは簡単に増えない )、とうとう我慢仕切れず、ちょっとした買い物をしてしまった。
それが上の写真で紹介している自転車である。

数年前に友人からマウンテンバイクを譲り受けてからというもの、春から秋にかけてそれこそ天気が良ければほぼ毎日バイクに乗るようになった。
そもそも自転車などここしばらく乗っていなかった。10年ぶりどころではなく、僕が日本にいたときですら社会人になって自転車は持ってなかったからそれこそ20年近く自転車とは離れていた。

それでも泳ぎと同じで一度乗り方を覚えてしまえば二度と忘れないもので、久しぶりに乗ったマウンテンバイクですぐに自転車に乗るという感覚を思い出した。
普段は徒歩か車で通り抜ける Manhattan の町並みもバイクのスピードで見るとこれが意外にも新鮮なのである。車では行きづらいところ、そして徒歩では離れているようなところでも自転車ならすいすいいくことができる。
子供の頃に自転車に乗って大きな自転車に乗り換える度に遊び場のテリトリーが広がっていく、あの感覚である。

さらに近所に住んでいる友人から受けた影響もあり、とうとう今回バイクをアップグレードすることにした。
マウンテンバイクの面白さも捨てがたいが、もっと速く、もっと遠くへ、という少年時代からの夢は大人になってまたくすぶりはじめたのだろう。

ということでいろいろネットで調べたり、バイクショップの店員に話しを聞くなどして、今回選定したのはこの、ロードバイクである。
ゴルフや僕が好きな写真と同じく、素材がそのバイクの性格を大きく左右させることになるわけで、三脚と同様軽量なカーボン製だととたんに高額になる。
盗難がアメリカより少ない日本ではいいかもしれないが、バイクの盗難など日常茶飯事の New York ではそうそう路上に止めておくことはできず、また本格的にロードバイクを始めるにはまだまだということで、今回はアルミボディながら一部カーボン製というこのバイクに落ち着いた。ロードバイクビギナーから競争まで楽しめるというこのクラスでも値段は軽く$1000はするのでおいそれとは買えないが、お金には変えられない楽しみや、運動そのものが体に良いこともあって虎視眈々と狙っていたのだった。

購入してからと言うもの、天気が良ければ一人でもバイク仲間とでもあちこち乗り回しているのだが、やはりマウンテンバイクではなかなか得られない速度感は気持ち良い。

これまでマウンテンバイクに乗っていたときは適当にあちこち回ることが多かったのでログなど取っていなかったのだが、ロードバイクを買ってからはバイクコンピュータやナビゲーションが欲しいなどと早くもガジェット好きな一面が出てきている。
自分で自分のことは冷静に見られないものだが、少なくとも僕は形から入るのは確かなようだ(笑)
最近は iPhone 用のバイクコンピュータアプリが出ているのだが、アプリケーションを立ち上げっぱなしで位置情報などを記録しているとバッテリーの持ちが極端に悪くなり、下手をすると途中でバッテリー切れになるため実用的でなかったのだがそれも iPhone 4 が出れば解消するだろう。なんだか今回はバイクのために iPhone をアップグレードすることになりそうだ。


ということで今年の夏もまたバイクに乗ってあちこち出かけようと思う。
一眼レフカメラを持って行くとなるとかなりの荷物のなるのだが時にはカメラも持って訪れた先々の様子をこのブログで紹介できれば、と思っている。


Secteur Elite Compact

Reflection

| コメント(2) | トラックバック(0)



「いやに今日は蒸し蒸しするな」と思っていると案の定通り雨が降ってきた。
傘を持っていなかった僕は他の人たちと同じく、難民さながら雨がしのげる場所を探して右往左往する。


程なくして雨がやむとそれまで人通りが途絶えていた歩道に、予定を取り戻そうとたくさんの人が出てきてちょっとした混雑になった。あちこちにできた水たまりをいまいましそうにして大きく迂回する横で、僕はというと足下に広がった虚像をのぞきこんでいた。


地面に広がった空は汚泥色に染まり、決して美しくは見えないけれど、この水たまりの向こうにはまるで別の世界が広がっているかのようで、僕は虚像を通して実像を探している。


5月のとある雨上がりに。



※ブレッソンの写真に触発されてB/Wで撮ったスナップ写真を掲載してみた


Henri Cartier-Bresson アンリ・カルティエ=ブレッソンと言う人の名前は写真を撮る人なら知っている人も多いだろう。フランス生まれの写真家で、かのマグナムフォトの結成に携わった人でもある。マグナムフォトの他の写真家に会ったときのエピソードについては過去に紹介したこともあるが、ブレッソンは故人である。

スナップ写真でも有名な彼の写真展が MoMA で開催されると聞き、足を運ぶことにした。
これまでまじまじと作品を見たことがなかったのと、僕自身よく撮る、ストリートスナップについて彼の作品を一度にまとめてみることで自分自身を振り返るよい機会になると思ったからである。


仕事がら平日の時間も割と融通が利くので、比較的すいているだろうとふんで水曜日の昼過ぎに行ったのだが、予想は見事に裏切られ、彼の特別展コーナーは多くの鑑賞客であふれていた。
自分のことは棚に上げて 「 平日の昼間だというのに、一体どこからこんなにたくさんの人が? 」 と思うが、これが New York らしくもあると、ふと気付く。

個々の写真のディテールなどのインプレッションは省略するが、スナップ写真の本質のようなものについては認識させられるものがいくつかあった。
それは「ガツン」と受けるようなショックではなくて、すんなりと吸収できるもので時代がかわっても本質的には普遍の原理なのかもしれない。

一般に写真の構図を考えるときに足し算引き算がひきあいに出されるが、僕も写り込みたくない被写体をあえて外すなどして撮ることが多い。
ストリートスナップを撮っていてもつい欲張って、バランスとして邪魔な存在がするとあえて構図を変えたりして写り込まないように「操作」してしまうものだが、そこに写ったクルマの年式や歩行者の髪型や服装といったものは、時間とともに時代を表すものとして表現価値のあるものになっていく。
スナップ写真にとって時間を閉じ込めるということは、エッセンスというよりはむしろもっと強い存在の必要性があるのではないかと思う。

すでに僕が New York に来てから撮った写真の中には、すでに破壊されて存在そのものがなくなったり、姿かたちを変えてしまった被写体が少なくない ( ビルや車など )。たかだか10年ちょっとだがされど10年でもあるのだ。
今回の写真展を通して、僕が撮り続ける次の10年がまた見えてきそうだ。


話はかわるが、MoMA では他に 「 The Artist Is Present 」 という特別展を併設している。
ユーゴ出身のアーチスト、Marina Abramović という人の作品なのだが、アーチスト自身がアートとして会場でパフォーマンスをしており、現在注目を浴びている。
その中で特に大きな話題となっているのが、狭い通路に全裸のダンサーが二人立っており、その間を鑑賞客が通り抜けるようになっている展示である。もちろんその間を通らなくてはいけないわけではなく、迂回することもできるのだが興味のある人は是非トライしてみるといいだろう。
MoMA の公式サイトに掲載されている写真によれば女性モデルが立っていることもあるようだが、僕が行ったときはむくつけき男性モデルが顔一つ分間をあけて向かい合って立っていた。
これまでアートを対峙するときは受け身であることが多かったが、この場合見る人の感情がアートとどのように交差するのかという試みのようにも思えた。もちろんそれがアーチストの意図するところではないのかもしれない。
実際にその展示ルームに入るとちょっとした列ができていたので僕もそれにならび、一人ずつ通り抜けていく。自分の番が近づいてくるとどんな人がどのように立っているのか見えてくるのだが、いざ自分の番が来ると自分でも意外なことに、あがってしまった。それは衆目の中、裸体の人間の間をとおりぬけるということで自分も瞬間的にではあるが見られる対象になるからである。
それまでは普通に写真や彫刻など冷静に見ていたのだが、満員列車の中の乗客をおしわけるようにして二人の間を通る段になると男性の下半身 ( どうやら二人のモデルのうち一人はかなり立派なモノを持っていたようだ ) が僕の体にあたるため芸術を見に来たという純粋な気持ちがもやもやとしたもの、どこか恥ずかしい気持ちに変わってしまった。
ある意味、これは見る人をテストする、敷居の高いアートなのかもしれない。
実際裸体の男性の間を通り抜ける瞬間に恥ずかしい気持ちになり、すばやく通り抜けようとして男性モデルの足を軽く踏んでしまい、さらに赤面することに。
アーチストがこのアートを通して観客にチャレンジをしていたのだとすると僕は間違いなく failure だろう。実際に見に行った人がいたらどんな気持ちになったか確認してみたいものである。

アートに対する自分の心構えを試してみたいという方、是非訪れてみてはいかがだろうか ( それがアーチストの狙いではないのだろうけれど )

Henri Cartier-Bresson: The Modern Century展

展示期間 : March 14-May 31, 2010

MoMA

カウンター

    昨日: 246 今日: 167
    合計: 853306

カレンダー

<  2010年8月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ナビゲート

最近のコメント

  • hiro: Eddieさん、 この間、5DMKIIを more
  • hiro: 日本改革さん、 旧い記事にも関わらず読ん more
  • hiro: ユニさん、こんにちは。 都市計画は面白い more
  • hiro: H'ndAさん、こんにちは。 世の中、変 more
  • hiro: Yurikoさん、 そういえば何年か前に more
  • Eddie: CAPA誌でも自転車を持って行く撮影講習 more
  • 日本改革: アメリカは自信たっぷりに論理的に主張して more
  • ユニ: 自分は都市計画を学んでいる身なのですが、 more
  • H'ndA: Crazyへの憧憬がそうさせるのか、そも more
  • Yuriko: リムジンカー!東京では叶姉妹が乗っている more
コメント全リスト

月別 アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 4.21-ja

ナビゲート